宮本
宮本武蔵は大小二刀を用いる、二刀流(二天一流)の創始者で、後世剣聖とよばれます。出生は1584年(天正12)年播磨国で生まれたと言う説や、1582年(天正10)、美作(みまさか)出身だと言う説があります。13歳のときに、新当流の有馬喜兵衛との勝負に勝ち、以来、28-29歳ころまでに60回以上の戦いを行い、一度も負けた事がないという。
武蔵が熊本に来るのは初代藩主細川忠利の招きにより1640年(寛永17)、57歳のときです。千葉城(現在の熊本城の近くです)の一角に居宅を与えられ、300石の客分待遇で1645年(正保2)5月19日に没するまでの5年間を熊本で過ごします。その間「兵法三十五ケ条」「五輪書」「独行道」などの著作活動のほか、「鵜図」や「達磨図」などの図や書などの分野にも才能を発揮している。
死後は現龍田町弓削の武蔵塚に葬られたというが、ほかにも立田山の麓の泰勝寺(立田自然公園)、島崎の荒尾山中腹の寺尾家の墓地内(西の武蔵塚)の2箇所がある。武蔵ゆかりの地としては、千葉城町のNHK放送センター近くの旧居跡や、死ぬ間際までこもって「五輪書」を書き続けたと言う松尾町の岩戸観音で知られる霊厳洞などがある。また、島崎の島田美術館には武蔵の遺品、遺作などが所蔵してある。
引用サイト: 宮本 武蔵にまつわる事
http://dhnaga.hp.infoseek.co.jp/atikoti/musasi.html
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