祐里
3月25日、洸也、祐里名共に某市立病院へ入院となった。通っていた小児科から祐里名はまだ小さいので検査をした方がいいということで 紹介され行くことになっていたのが25日。その日は祐里名だけ連れて行って洸也はパパとお留守番・・・のはずだった。ところが・・・。
前日の24日夜、昼間まで何ともなかった洸也が突然39.3度の熱を出し、しかも熱のせいなのかテオドール(喘息の予防薬 。人によっては興奮状態になることがある。)という薬のせいなのか全然寝てくれない。悪いことに祐里名も置くと泣いて寝てくれ ず夜中ずっと洸也をおんぶして歩き回る羽目に。やっと洸也が寝てくれたのが朝の4時。それから今度は祐里名の相手。祐里名が寝たのが朝 の5時過ぎだろうか?その日は7時前に起きるつもりだったのに、すっかり寝過ごしてしまい、朝食もとらずに大慌てで病院へ行った。
待合室で体温を測ると洸也38.8度、祐里名38.2度。紹介状があったことと熱が高いことと祐里名がまだ小さいことなどのためか、混んで
引用サイト: 入院記
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kouyayurina/essay8.htm
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祐里
天野祐里(あまの・すけさと 1906〜98)。大阪の三味線製作は分業制。天野さんは棹の製作を請け負う。本来、棹は全体が一体であったが、近年では収納・携帯のため分割できるものの方が普及している。
棹づくりは、材料の原木に型をあて寸法をとる「木取り」の工程から始まる。この太棹の材料となるのは、インド産の紅木(こうぎ)。この紅木は硬くて重いが、工作しやすく、加工後は狂いが生じない。
棹は張った弦を指先で押さえて音程をつくる部分。一本の木でできているように見えるが、持ち運びに便利なよう三つの部分に分かれている。一本の角材を三つに切り離し、また寸分の狂いもなく組み合わせるのである。
継ぎ立てとは、三つに分かれる棹の各部分を継いでいくこと。棹は、わずかな反りも音色に影響する部分。音色に狂いを与えず、長年の使用にも耐え得るように継ぎ立てるのは、まさに腕の見せ所である。
引用サイト: 匠の技と心-三味線(太棹)棹製作修理(天野祐里)
http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/y-kwm/y-skg/y-psh/IPA-tac180.htm
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